白川克さん「プロジェクトマジック」

Pinterestで見つけた夏っぽい写真。
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   画像 https://www.flickr.com/photos/petezab/4494458008/

予定のない休日の幸せを満喫中です。

白川克さんという業務改革のコンサルタントをされている方の「プロジェクトマジック」というブログを読んで、ふと立ち止まり考えさせられました。以下は文章の一部の転載です。

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・・・そして、「頑張ること」それ自体に価値があるのはアマチュアの世界、価値がないのがプロフェッショナルの世界である。
全ての人がプロフェッショナル的に仕事をするべきだ、とは僕は思わない。
でももしプロフェッショナルになりたいのであれば、「僕、努力したもん」は封印しなければならない。そんなこと、他の人は知ったこっちゃないのだ。

努力は確かに価値がある。
でもそれは、頑張ったその人だけに関係がある種類の価値だ。いつか努力が能力に転換され、他の人にとっても価値のあるモノを生み出した時に初めて「価値のあるモノを生み出している」と胸を張れるのだ。

もう一つ大事なこと。
「ゴミだね」を恐れて指示を待っていると、永遠にゴミしか作れない。
・価値があると信じて自分の頭で考えたモノを作る。
・そして「ゴミだね」と言われる。
・そこでイチイチ立ち止まらずに、また自分の頭で考えて作る。
この繰り返しでしか、プロフェッショナルになれない。
傷ついたことを「ゴミだね」と言った人のせいにしているうちは、決してプロフェッショナルにはなれない。・・・
▼詳しくはこちらへ http://blogs.itmedia.co.jp/magic/2012/02/post-fef7.html

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「ゴミだね」発言は正当な判断によるものという前提です。「ゴミだね」とは「正しい評価を知り、それを受け止めて向上していく」というプロセスの中の「正しい評価」を言っているのだと理解できます。

福祉の世界ではこれがあまり成立していないな、と思います。だから成長のない職員というのが出てくるし、そもそも「ゴミだね」をやられると「さようなら~」と離職され現場が回らなくなるので「パワハラ」という言葉に置き換えられて守られているような部分もあるかと感じます。

パワハラと職員指導の違いが曖昧=職員を育てにくい=職場の質の低下という悪循環、職場の質が低いと自己研鑚の必要性も感じなくなり、そのような中で新人が中堅職員となった時の職員集団とは…。

「ダメ出し」が正しく行われる場所は必要だと私は思います。「何がダメなのか」「どういう手続きならダメではないのか」を考えながら目標に向かうには「ゴミだね」は必要。そこに感情を持ってくると大事な機会を失うことになります。
しかしそう思えない人もいるんですよね。残念ながら。勿体ないです。

・・・などと久しぶりに物思いにふけりつつ、たまった家事から逃避している自分に向き合います!


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by liddell97 | 2015-08-01 10:33 | 気になる人,言葉 | Comments(0)

横浜市にある障がい者施設の職員です。~ 日々、心が喜ぶものを ~


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